Awodey 本の訳に変なとこがある

Awodey 本の邦訳について,訳の質が低いという趣旨のレビューがついています。自分で確認したわけではないのですが,このレビュアーの書いていることを信じるならば,確かにあまり丁寧に訳されてはいないようだという印象は受けます。そこに挙げられている点が数学書の翻訳の質を評価する上で重要かどうかはともかく。

そのレビューに対して「数学的な誤りがあると言うが,具体的にどこにあるのか?」というコメントが付いているのを見て,以前眺めたときにおかしな箇所があったことを思い出しました。それでちょっと確認してみたらやっぱりおかしいようなので,とりあえずここに書いてみます。正確には誤りというか,そもそも意味がわからない文が書いてあるということですが,いずれにしても数学の技術的内容に関わることです。

問題の箇所は注意 9.36 にあります。「A を局所スモール完備圏とし,次の条件をみたしているとする」*1として,二つの条件を挙げていますが,その一つ目が次のようになっています。

1.  \mathbf A が羃化可能 (well powered): 各々の対象  A は部分対象  S \rightarrowtail A の集合を一つしかもたない

最後の「部分対象の集合を一つしかもたない」は何を意味するのかがわかりません。原書が手元になかったので,原文の元になっているらしい PDF(http://www.andrew.cmu.edu/course/80-413-713/notes/ の chap09.pdf)を見てみると,対応する部分は次のようになっています。

1.  \mathbf A is well powered: each object  A has at most a set of subobjects  S \rightarrowtail A

この表現,well powered の定義を知っていればまあわかりますが,意味がとりにくいかもしれません。"at most a set" で「(高々)set size である」を意味しているのだと思います。だから定義全体としては「どの対象についても,その部分対象の全体は集合である(proper class になるほどたくさんは存在しない)」という意味になります。

ちなみに nlab の well-powered category を見ると,定義は

A category C is well-powered if every object has a small poset of subobjects.

となっています。small という語がある分だけ,こっちのほうがわかりやすいかも。

*1:「局所スモール完備圏」はひとまとまりの用語かと思ったら,原文では "locally small, complete category" となっていました。それだったら全部つなげないで「局所スモールかつ完備な圏」とかにすれば紛れがないのにと思いますが,これは好みかもしれません。